スケートボード界の最重要人物の一人、ファウスト・ヴィテロを掘り下げる

幼少期〜亡命と多文化への適応

1946 年、アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれたファウスト・ヴィテロ（Fausto Vitello）は、9 歳のとき軍事クーデター〈自由革命〉を逃れて家族と共にアメリカへ移住します。新天地はカリフォルニア州サンフランシスコ。英語は現地の野球ラジオ中継（SF ジャイアンツ）で覚え、ヒッピー文化の中心地として知られるハイト＝アシュベリー地区で、多様な思想とカルチャーに囲まれて育ちました。

ここで彼は「異文化を受け入れ、表現する」術を学び、後のストリートカルチャーとの接点をつくっていくことになります。

学生時代と起業家としての出発

サンフランシスコ州立大学でスペイン語の学位を取得。在学中に後の妻グウィンと出会い、「ムーブメントは仲間と共につくる」という信念を深めていきます。

1970 年代後半、スケートボードがブームの終焉を迎える中、ヴィテロは友人のエリック・スウェンソン、サンタクルーズのノバック兄弟と共に Independent Truck Company を設立。堅牢さと優れたターン性能を兼ね備えた “Stage I” トラックを開発し、一気に業界のスタンダードへとのし上がります。

『Thrasher』創刊とストリート文化の形成

1981 年、ヴィテロは「スケーター自身の声を持つべきだ」と考え、Thrasher Magazine を共同創刊します。誌面では過激な写真、鋭いライティング、そして「Skate & Destroy」というスローガンで、“反骨の象徴”としてのスケート像を打ち出しました。

同時に、広告ページを活用して Independent や派生ブランドを掲載し、“メディア × ハードウェア”という垂直統合型のビジネスモデルを実現。スケートボードを「一時的な流行」ではなく、確固たるカルチャーとして確立する大きな原動力となりました。

ハードグッズとメディア戦略の拡大

1990 年代に入ると、ヴィテロは出版社 High Speed Productions を拡大し、写真重視の『Slap』やアート雑誌『Juxtapoz』などを創刊。ストリートアート、音楽、スケートが横断する場を作り出します。

また、Deluxe Distribution を設立し、Spitfire Wheels、Thunder Trucks、Venture Trucks、Real Skateboards などのブランドを世界規模で展開。加えて Street Corner を通じて Think や Lucky なども扱い、競合も巻き込みハードウェア市場の戦国時代を主導していきました。

評価制度とイベントで文化を活性化

Thrasher の最も象徴的な制度の一つが、1980 年代後半に始まった Skater of the Year（SOTY）。毎年たった一人のスケーターに贈られるこの称号は、スケーターたちの憧れであり、議論の的でもあります。あえて“王冠”を設けることで、ヴィテロはコミュニティに熱量と推進力を与えました。

さらに Thrasher はツアー形式のスケートコンテスト「King of the Road」をスタート。過酷なチャレンジとロードトリップを通して、スケーターの個性や絆を浮き彫りにしました。

ヴィテロ自身は仕事の傍ら、熱烈なジャイアンツファンとしても知られ、「編集会議はスタンドでやる」が口癖。遊びと仕事の境界を超え、スタッフやライダーを“ファミリー”として結びつけました。

急逝と受け継がれるビジョン

2006 年 4 月 22 日、ヴィテロは友人とサイクリング中に心臓発作を起こし、急逝（享年 59）。その訃報は Thrasher の公式サイトで発表されるや否や、24 時間で 30 万ページビューを記録。翌日にはスケートパークに「Thank you Fausto」と書かれたボードとロウソクが山のように積まれました。

現在、妻のグウィンが High Speed Productions の CEO を務め、長男トニーが Thrasher Magazine の発行人として後を継いでいます。Independent、Spitfire、Thunder、Venture を擁する Deluxe ファミリーは今も健在であり、ファウストが築いた垂直統合型のビジネスとカルチャーは、世界中のスケーターの足元を支え続けています。

終わらないサイクル：DIY から未来へ

Fausto Vitello が残した最大の遺産は、ブランドでも雑誌でもありません。それは、「DIY し、広げて、仲間に還元する」という循環システムそのものです。

いま、あなたが乗っているデッキ、履いているシューズ、観ているビデオ。その一つひとつが、彼の創造したネットワークの中で生きています。スケートボードが一人ひとりの手で文化になり、再び誰かの手に戻っていく――そのサイクルは、今日も止まることなく続いています。